武骨な骨が連なりあったような枝を重ねながら無言で並ぶ雑木林と、硬く膨らんだ芽を抱える街路樹に囲まれた住宅街の一角から、眩く赤色灯を携えた救急車が慌しく駆け抜けた。
赤褐色と栗色のモノトーンで構成された煉瓦歩道に沿い、救急車の出てきた曲がり角の先には数台のパトカー。そして、野次馬と報道陣でごったがえしていた。
人ごみを掻き分けて、ダージリン、キメラ、クー、ダークネス。青ざめた表情の泰助が姿を現す。
既に彼らの頭上には太陽が昇り、人々は通勤ラッシュを迎えていた。
「これで5人目だ。子供の魂はまだあったから助かるだろうが、お母さんは魂を持っていかれていたな・・」
ダークネスはため息混じりにつぶやく。一陣の風が、短い髪を揺らし頬を冷気でたたいた。身をすくめた彼はダージ・リンに視線を投げた。
訝しげな面持ちでダージ・リンは口を開いた。口から白い蒸気が一気に噴出す。
「千駄木から・・本駒込、水道橋、高田馬場、中野・・。そしてここ高円寺。どこへ向かっているんだ彼は・・。波長が合う妊婦を犠牲にしながら西へ向かう理由が何かあるはずだ」
なかなか追いつかない焦る気持ちを抑えながら、彼は歯噛みして頭を振った。
ダージ・リンの視線の先には、コンクリートむき出しの打ちっぱなしでできた真新しい四角いビルが建っている。救急車で運ばれた女性の住んでいたマンションだ。
「・・・あの手口は普通じゃないわよ。狂気にかられた人間の行く先なんてあるのかしら?」
肩をすくめ、クーは眉をひそめる。泰助を一瞥すると苛立ちを隠せない様子でつま先を鳴らした。
腕組しながらダークネスは空を仰いだ。
「夜が明けちまった。・・仕事がやりにくくなるぜ」
「わかってる」
短く言葉を返し、ダージ・リンは鈴木の気配を追う。
今までと変わらず微弱な気配・・。彼を核として取り巻く霊体が彼の存在を捕らえにくくしていた。取り巻く霊体の気配を探るには、あまりに雑多なその他の気配に類似しているためそれを手がかりに追うことは不可能に近かった。
「ちょっと待って・・。確かここは高円寺だよな」
今まで言葉を交わすことなく着いて来ていた泰助が口を開いた。
「心当たりがあるの?」
クーは変わらず挑発的な口調で問う。
泰助の姿を見てキメラたちの表情が一変した。
「大丈夫?!」
今にも前に倒れそうなほど身体を屈め、額に大粒の汗をかき顔面は蒼白だった。
彼の利き手の右手は自分の胸倉を強く掴んでいる。
苦しげに苦悶の表情を浮かべる大介の腕を取り、自分の肩に回したのはキメラだった。
息をするのも絶え絶えで、今にも気を失いそうな様子だ。
「大丈夫だ・・。オレは平気だ・・・・・。多分。。あそこだ。・・行ってくれ!」
「どこ・・!どこに行けばいいの?!」
キメラは胸に当てられている彼の手に手を重ね気を失わないように声をかけ続けた。
彼らは「立花産婦人科」とプラスチック製の看板の掲げられた3階建てのビルの前に立っていた。
コンクリートに灰色のタイルで外壁をあしらった古い建物だ。
「オレたちが生まれた場所だ・・・。高円寺は母さんの実家があるところなんだ・・」
動悸と胸の痛みと息苦しさに耐えながら泰助はかすれた声で言った。
15近くの商店街が駅前に集中する高円寺。新しいものと古いものがひしめき合い、独特な街並みを作っている。
マンションのあった桃園川緑道から北西に上がって純情商店街を越え、高円寺ストリート沿いに北に外れると中町通りに出る。その通りに面して病院はあった。
まがまがしい空気が病院を取り巻き、建物の隙間からぽっかり穴が開いたかのような漆黒の霧が漏れ出していた。
女とも男ともつかない悲鳴が院内から響き、間を置いて複数の人間が病院から飛び出してくる。
「まずい!産婦人科だ!!急ごうぜ!」
ダークネスは院内に飛び込み、ロビーから受付・・そして病棟へ続く廊下を迷うことなく突き進んだ。その後にキメラたちが続く。
灰褐色のビニール床と白い天井が続く廊下と自分の位置を迷わせる同じ造りの病室をいくつも通り抜ける。
より暗いまがまがしい空気に向けて進めばいいのだ。
彼らと逆に院内にいた看護士や外来の客達がロビーへと向かい揉み合いながらかけて行った。
院内の乳児が泣き叫び、助けを求める母親の悲痛な声が辺りにこだましている。
すでに院内はパニックに近い状態になっており、激しく駈ける足音と悲鳴で異様な空気が流れていた。
彼らが求める暗闇は院長室へと繋がっていた。
古い院内とは対照的に両開きの立派な木製のドアに、金のプレートが掲げられ黒文字で「院長室」と印刷されてある。
躊躇することなくダークネスは扉を大きく開き、部屋へ踏み込んだ。
両脇を書棚に囲まれ、中央に屋久杉で出来たいびつな形の応接テーブルが置かれており、牛革の黒いソファーが滑らかで鈍い光を放っている。
マフォガニー製の院長机は綺麗に磨かれ、重そうなガラス製の灰皿が置かれてあった。
リクライニング自在な高級牛革製の院長椅子の上に、白髪まじりの初老の男が、まるで水中に漂う死した魚のような姿で、時折身体を震わせながら宙に浮き、その命を奪われようとしていた。
白衣を着たその姿と風格から院長なのは間違いなさそうだ。
薄らぐらい底の見えない穴のような闇の中から、やつれ筋張った人の手が伸び彼の首を絞めている。
大きく開け放たれた窓から風が吹き込み、壊れ落ちかけたブラインドが力なく風の思うがままに踊らされ窓枠や壁にぶつかっては耳障りな音を出していた。
「このヤローー!!」
音もなく床から鎌を呼び寄せると両手に構え、ダークネスは暗闇へ向けて鎌を振り下ろした。鎌は黒光りしながら美しい曲線を描き暗闇の左側をかすめた。
『ぐはあああああっ!!』暗闇は形をかえてもだえるかのように波打つ。
院長に伸びていた腕が消え、支えを失った体が重力に任せて机と椅子にぶつかりながら床に転がった。すかさず、ダークネスの鎌が院長の意外としっかりした身体に切り込んだ。
鎌を引くと、院長の魂と思われる姿のものがついてきた。
引き寄せるダークネスの傍らにクーは走りより院長の魂に手をかざす。
「我が母バース様の命により魂の解放をする者である。魂の審判を受け己が出した末路に命運をゆだねるがよい。さあ!見せよそのいきざまを」
高く澄んだ声が唱え終わると共に掴んだ魂が白い光を放ちはじめた。
クーは手をかざしたまま動かない。
暗闇は獲物を奪い返そうとその魔の手を彼らにのばした。
その暗闇を軽快な音と共に払ったのはダージ・リンだった。
「お前の相手は私です。・・・・魂を狩る物が一人しかいないとは。痛いところですが足止めくらいはできるでしょう」
彼の手には扇子が握られている。古いものでくたびれているように見える。
乾いた音を立て扇子を開くとまるで能を舞うかのように、幾度となく伸びる触手を払いのけた。
「も・・う・・!!・・やめてくれ!!父さん!」
キメラに支えられながら泰助は声の出る限り叫んだ。
『ぐほおおおおおうううう!!はううううおおお!』
暗闇はよじれ端々から捕らえた魂の一部が飛び出した、いずれも女や子供の手や足、顔などで苦しげに空を掻きまた暗闇へと引き込まれていく。
「まだ、彼に息子を認識する意識があるのか・・?!その意識が迷いを産み形を保つことが難しくなっているのか・・??」
ダージリンはキメラとクーの前に立ちはだかり扇子を振った。
「ならば切り札は彼・・!!」
臨戦態勢を整えた時、院長の魂が輝きを増しそれと同時に本棚の影から1人の少年が現れた。
白いシャツに黒い短パン。私立の制服姿で坊ちゃん刈り。どう見ても小学生だ。
「呼んだか。クー・・・」
少年の顔を見て彼女は笑みを浮かべた。
「ええ。・・・人としての人生を歩みし者よ。自ら選んだ善と悪を天秤にかけ天啓を申し渡す。重ねた罪の数を悔い改めるための旅に出るがよい!そして苦役と後悔を味わうがうがいい!」
手の中に輝いていた魂が揺らいだように見えた。
「クルエルティ・・お願い」
少年は顔色一つ変えずつぶらな大きな瞳に冷たい光を携えながら、院長の魂を見つめるとそれを鷲掴みにした。
輝く魂は琥珀色に色褪せ突然石のように重くなる。
それを少年は手にすると、書棚の影へ引きずり込まれるように消えていった。
「よしっ・・」
ダージ・リンが呟いた時、激しい突風に襲われ身体に何かがぶつかり押し出され外へと吹き飛んだ。風の呻きと共に部屋が僅かに揺れ、渦巻く風と暴れる家具や書類が壁や床お互いぶつかりながら翻弄される。
風と暗闇の一部は部屋の中で膨張し、彼らを遠くへ追いやったのだ。
それは、クーの仕事振りに目を奪われた一瞬のことであった。
院長室は机も椅子もソファーもひっくり返り、書棚も半数が倒れ書籍が床にちらばり書類が室内を舞っている。
転倒したソファーの下から手・・腕・・肩・・体が・・。キメラは重いソファーによって衝撃を抑えられ飛ばされることなく無傷に近い状態だった。
「あ・・つっ!!」
右肩を打ち付けたみたいで軽い痛みが走る。ソファーの下から這い出て室内の様子を見回した。
彼女の目に片足を杖で貫かれているダークネスが入った。傷口に手を当てて横たわり苦しげに呻いている。
「ダークネス!!」
駆け寄ると、彼はゆっくり身体を起こした。ダークネスは自ら杖を引き抜いた。
歯止めをなくした血液がが勢いよく噴出しあっという間に足元に血溜まりを作った。
彼は身につけていたベルトを引き抜き太ももに巻きつける。
「大丈夫だ・・。これくらい・・」
キメラは何かを思い出したかのように頭を振る。
「泰助さんは・・・・?!」
ダークネスはゆっくり首を横に振った。マホガニーの机の下に大介の遺体と思われる体があった。うつ伏せに倒れ床に大量の血の池をつくっている。
キメラの瞳から涙が零れ落ちた。体が振るえ、絶望とわが身の無力さに一瞬にして鋭気を失いかけ意識が飛びそうになった。
『はあぁああぁあああ・・・・・。』
彼女は顔を上げると数メートル先に、やせ細ったスーツ姿の中年男性が暗闇を幾つか纏ってゆらりと立ちすくんでいた。
異様なうめき声と共に、ダークネスの息詰まった声で現実に引き戻される。
「オレとキメラ以外皆、遠くに吹き飛ばされたみたいだな。・・・しかも、奪った魂の使徒がオレら以外を追っている。やつも今は手薄だ。二人でやるっきゃねー!!」
片足を引きずりながらダークネスは立ち上がった。
うなづき、涙で濡れた顔で大介を見た。
ダークネスの手が伸び優しくキメラの頭をなでる。
「気にすんな。・・・心臓悪くしていてもう、長くなかったんだ。・・。わかってただろ?」
そう・・・私たちが見えてた時点で彼の命は燃えつきかけていたのだ。
人の死に際はいろいろだが・・・今は悲しみにくれている暇はない・・・。彼の願い・・・鈴木さんの魂を解放することが何より先決なのだから・・。
「いくぜ!」
鎌首を上げてダークネスは男へと向かった。
※つづく※